前書き

前書き
 ヒトの遺伝学に関する科学的知識はここ10年間に驚異的な発展を見せました。ヒトの遺伝子、そして疾患の遺伝的原理に関する理解も飛躍的に進んでいます。最近では、鎌状赤血球性貧血や嚢胞性線維症といった4000種以上もの疾患が遺伝的な疾患であり家系に受け継がれて行くことが判明しました。更に、遺伝子の変異が心疾患、糖尿病、多くのがんを始めとする一般的な疾患においても重大な影響を及ぼすことも分かっています。
 疾患に関連した遺伝子の発見にともない、疾患の診断や個々の発症の危険性を評価する遺伝子診断が盛んに行われるようになってきています。本書で述べるように、遺伝子診断は、テイ・サックス病や嚢胞性線維症など多くの疾患の診断で行われています。新しいものでは、アルツハイマー病、大腸がん、乳がんやその他の疾患の素因を調べる検査も開発されています。
 このように遺伝子診断が一般的に行われるようになると、結果の解釈とそれから得られる情報について、例えばがんという疾患に関して遺伝がどのように関わっているか、基本的な理解が必要となってきます。遺伝学の研究者は、遺伝子診断の信頼性と共に、患者と医療関係者がその限界について理解しているかという点を憂慮しています。結果の開示は、万一安全で有効な治療手段や予防手段がない場合、患者に精神的苦痛を与えるだけになってしまうかもしれません。
 本冊子「遺伝子診断の理解のために」は米国国立がん研究所及び国立ヒトゲノム研究センター により、遺伝子診断及び遺伝学の基本概念を説明する目的で作成されたものです。本書では、遺伝子診断の科学的側面、考えられる恩恵と危険性についてよく受ける質問に対する回答も掲載しています。
遺伝子と疾患の関係が正しく理解され、新しい遺伝子解析技術が開発されれば、遺伝子診断とそれに付随する事柄について更に情報が得られるはずです。米国国立がん研究所並びに国立ヒトゲノム研究センターは、皆様に最新の情報を提供していくために今後も努力していく所存です。

米国国立がん研究所
所長 リチャード・クラスナー
米国国立ヒトゲノム研究センター
所長 フランシス・コリンズ