1.はじめに

 遺伝をつかさどる科学的情報である遺伝子は、私たち一人ひとりのもつ能力を大まかに規定しています。遺伝子は祖先から何世代も受けつがれ、私たちの類似性や個性を伝えます。
 遺伝子が適正に機能すると、人の体は成長し順調に機能します。しかし、たった一つの遺伝子のほんの小さな部分が変化しても、人体に重大な影響をおよぼし、障害や病気、さらには死さえももたらすことがあります。
 この20年間の驚異的な技術革新により、遺伝子がどのように働き、それがどのように疾患に関係しているかが解明されてきました。そして、疾患に関係する遺伝子、さらにその中にある変異さえも、検出することが次第に可能になりつつあります。その結果、遺伝子変異の検出により、すでに発症している疾患の診断にとどまらず、診断時点では未発症の疾患の発症予測までも可能になってきました。
 この新しい技術は、大いなる可能性を秘めていますが、一方で深刻な懸念も引き起こしています。発症前遺伝子診断は、予防と早期発見により何千人もの命を救う大きな可能性をもたらすものです。しかし、その一方で、遺伝子診断結果の取り扱いは、個人だけでなく、遺伝的な要素を共有する血縁者、そしてひいては社会全体にまで重大な影響を及ぼします。
 本書は遺伝子診断に関する基本的概念並びに問題点、診断技術や予測される危険性、遺伝子マーカーを疾患と関連づけようとする試みにおける恩恵の可能性など、よく受ける質問に対する回答も掲載しています。太字で書かれた用語の説明は、「本書で説明した用語の解説」をご参照下さい。





図1:DNAは4種の塩基から成り、細胞が作るタンパクの情報を含んでいます。凝縮されたDNAの二重らせんが染色体中に埋め込まれ、細胞の核の中に収まっています。このDNAの機能単位を遺伝子と呼びます。