11.どのような疾患が遺伝子診断で発症予測が可能か?

 発症前遺伝子診断とは、不全を来たす遺伝子を受け継いだ結果、疾患が“家系内発症する”かどうかを予測するものです。

 変異した遺伝子が生殖細胞(卵子と精子)を経由して遺伝すると、変異は体中のすべての細胞中に存在することになります。例えば血液サンプル中の白血球においても変異を検出することが可能です。

 発症前遺伝子診断は現在のところ、テイ・サックス病や嚢胞性線維症で用いられています。そして、ルーゲーリック病(58)の名で知られ致命的な神経退化変性をもたらす筋萎縮性側索硬化症(59)、中年期に痴呆症(60)を引き起こし最後には死をもたらすハンチントン舞踏病(61)、アルツハイマー病の一部、さらに高コレステロール血症の診断などさらに多くの疾患を診断するための開発が進められています。

 また、遺伝子変異は家系発症するいくつかののがんにおいても見られます。それらはごく一部の人にのみ見られる珍しいがんで、網膜芽細胞腫(62)の名で知られる小児の目のがん;通常は5歳までに発症する腎臓がんであるウィルムス腫瘍(63)、小児期または10代のうちにかかる骨、腕や足のような軟組織の肉腫(64)、脳腫瘍、急性白血病、そして乳がんなど多彩ながんにかかるリ・フラウメニ症候群(65)などがあります。1993年には、家族性大腸腺腫症、つまり遺伝的に前がん状態のポリープ(66)の原因となる遺伝子が同定されました。大腸がんを引き起こす原因の1%はこれに起因すると言われています。

 ごく最近では、大腸がんや乳がんなど頻度の高いがんにおいても、遺伝傾向と関係する遺伝子変異が見つかってきました。こういった変異遺伝子を持つ家系ではその他のがんにかかりやすい可能性もあります。特に、BRCA1遺伝子の変異を持った女性は、卵巣がんにもかかりやすいことがわかっています。がんに関わる遺伝子変異を受け継いでいる人は、若いうちにかかる傾向があります。がんになりやすくなる遺伝子の変異が生まれた時から死ぬまで存在しており、このことは正常なアレル(対立遺伝子)が失われたり、不活性化されるといつでもがんが発生してしまう状態であるからです。

 このような遺伝性、または家族性のがんは全がん患者の約5〜10%を占めるにすぎません。大多数の乳がんや大腸がん患者は発がんに強く関与する変異遺伝子を親から受け継いでいるわけではありません。家系内にがん患者がいるとしてもそのがんが非常に頻度の高いものであれば、単に偶然の結果として家系内に数人のがん患者が出ていることもあります。特に年をとってから発症したがん患者の場合、後天的な遺伝子変異によってがんが引き起こされている可能性が高いと考えられます。

 しかしながら、乳がんや大腸がんは患者数が多いため、その一部分をとってもかなりの数に上ります。統計では女性の300人に1人が乳がんに罹りやすい遺伝子変異の保因者であり、ほぼ同じ割合で大腸がんにかかりやすい遺伝子変異の保因者がいるとみられています。



図15:がん患者中で遺伝に起因するがん患者の占める割合は全体の約5〜10%に過ぎません。乳がん(又は大腸がん)にかかる人の大多数は日常生活を送っている間に後天的に引き起こされる遺伝子の変異によってがんにかかります。