18.遺伝子診断の限界とは?

  現在の遺伝子診断は遺伝性の乳がん及び大腸がんに関し高いリスクを持つすべての人に満足のいく回答を与えるまでにはいたっていません。ある家系に多数のがん患者が発生している場合、遺伝的因子よりも共有する環境要因が、その発症により強く関係しているかもしれません。また、仮に遺伝子が原因と考えられても、原因遺伝子が検査した遺伝子そのものであるとは限りません。例えば、BRCA1の遺伝子変異は遺伝性の乳がん家系の半分にしか見られません。(訳者注:この数値は、現在徐々に下がってきています)。

 次に、DNA技術のめざましい進歩にも関わらず、変異の検出は大事な仕事であることに変わりはありません。研究者が高い関心持っている遺伝子の多くは、何千もの塩基を持つ巨大分子です。そして変異はどこに起こるかわからないため、DNAの全長を全て調べつくすことはたいへんな作業です。

 また、一つの遺伝子を取ってみても非常に多くの変異が起こりうるわけですが、それらすべての遺伝子変異が同じ程度で発症要因につながるとは限りません。例えば、嚢胞性線維症の遺伝子には300種以上の変異があることが知られていますが、それらの疾患に与える影響は様々で、変異があってもまったくその症状を見せないものもあります。ですから、検査で陽性になったからといって必ず疾患が発症するというものではなく、一方、検査では頻度の高い変異のみしか調べないため、検査の結果が陰性であったとしても、変異を有していないとは完全には言えないのです。

 さらに、予防的診断は可能性をみるもので、陽性であっても確実に病気になるということではありません。遺伝的に受け継ぐ特定の遺伝子があり、それが遺伝性乳がん遺伝子のように優性に働くものであっても、病気になる人がいる一方で発症しない場合もあります。そして、その違いがなぜ起こるのかまだ解明されていません。それらの特定の遺伝子が発現するかどうかは他の遺伝子によって決定されたり、日光照射のような環境要因に左右されることもあり得ます。

 おそらく遺伝子診断の限界で、最も重要なことは、その診断結果が現在ある診断や治療に必ずしも適合しない例が少なくないことです。疾患やがんの多くは未だ最適な検診法が確立されていません。がんになりやすいことが分かっている人に対してさえ、がんを早期に見つけることは困難である場合が多いのです。

 遺伝性の乳がんにおいては、乳房レントゲン撮影(マンモグラフィー)による頻繁なスクリーニングが早期発見のための最良の方法ですが、予防方法はありません。さらにマンモグラフィーは乳腺が発達した若い女性においてはあまり有効でなく、遺伝性乳がん患者の若年発症の検査としては、あまり効果を期待できません。目下のところ、乳がんの発症を確実に予防する方法は、体に傷を加えお金もかかる乳房切除術ということになります。ただし、乳房切除術をしても、乳腺細胞を取り残す可能性は残ります。家族性卵巣がんに関しては、現段階の検診で疾患が早期に発見されるとは限りません。従って、遺伝性卵巣がんの家系の女性は予防的卵巣切除を選ぶ傾向があります。しかし、今のところどちらの予防的切除術(79)もがんの発生を完全には予防できないことが分かっています。

 現在、発がんを予防するための治療法の研究が行われています。例えば目下進行中の臨床試験では、抗がん剤のタモキシフェンを乳がん発症予防薬として用いてその効果を評価しているところです。しかし、この試みも未だ研究の領域を出ていません。