22.遺伝子診断の実用化に際して起こってくる問題とは?

 疾患発症に関わる遺伝子変異を血液を用いて正確に同定する検査を確立することが、検査診断の実用化の第一歩です。発症前遺伝子診断が一般的に行われる前に、技術的、倫理的、経済的問題に関し専門家だけでなく社会全体でその内容を理解しておく必要があります。この問題は遺伝子診断研究の中で慎重に議論する必要があり、答えが得られるまでにはあと数年かかると思われます。

 診断をより簡単に、費用効果が高く、しかも正確にできるように開発努力が続けられています。その診断がより多くの人に意味のあるものでなくてはなりません。すなわち、疾患がその検査対象の遺伝子によって引き起こされることが明らかであり、その家族が共有する他の遺伝子変異や環境因子によるものではないことが明らかでなければその遺伝子診断の意味はなくなってしまいます。より多くの人々のがん関連遺伝子を比較検討することにより、多くの遺伝子変異のうちどれが疾患発症に重要かを絞り込めば、かなり正確に発症リスクの予測ができるようになると思われます。

 とはいえ、何千、何百万人もの希望者への診断を行おうとする場合、当初はそれをがん多発家系に絞り込んだとしても、その数の多さを考えると腰がひけてしまうものです。遺伝子診断の需要はかなり大きく、現在遺伝子による診断を行っている非常に限られた施設と人員ではすぐに手に負えなくなるでしょう。ですから多くの研究所から新技術に習熟して、精度管理を徹底した上で、正確な検査ができるようにすることが大切です。

 遺伝カウンセラーも不足しています。遺伝子診断を受けようと考えている人は、遺伝子診断について理解し、どうするかを選択するために、また心理的なストレスに対処するために、専門家による情報提供や助言を必要とします。遺伝子診断が広く普及した場合、こうした需要は全国約1200人の遺伝カウンセラー(注:米国の場合)ではすぐにも処理しきれなくなり、被験者への教育やカウンセリングといった仕事は第一線の医師や看護婦の肩に大きくのしかかってくるでしょう。しかし、このような領域の訓練を受けている医師や看護婦はほとんどいません。

 これらのことを一般化するには、かなりの費用が掛かります。診断そのものの経費に加え、カウンセリング、追跡調査、定期検診などにも費用がかかるほか、予防のための外科手術を受けた場合、数千ドルの費用が必要になります。

 最後に、遺伝子診断には深刻な倫理的問題がともないます。すなわち診断情報の秘密保持並びに診断によって生じる差別の問題です。米国国立衛生研究所(NIH− National Institution of Health )は遺伝学(81)の革命的な進歩によって生じる倫理問題の研究を支援しており、差別から人を守る条例や法律の制定を目指しています。すでに健康保険における遺伝子差別の禁止やプライバシーに関する法律が制定されている州もあります。事前の説明と同意を得ることなしには遺伝子診断を行えないようにする仕組作りの研究も行われています。(注:日本ではまだ検討段階です)