25.本書で使用した用語の解説
1.後天的変異:後天的な遺伝子の変異は、体細胞変異とも呼ばれ、一つ一つの細胞中で起こり、生涯を通じて蓄積されていきます。(P6図8参照)

2.アレル:同じ遺伝子の中のわずかな違いで、遺伝子の個性とも言える(多型と呼ばれる)。たとえば目の色の違いや血液型といった遺伝的な特徴はこのアレルの違いによって引き起こされます。

3.アルツハイマー病:物忘れ、人格変化、痴呆といった症状を引き起こし、やがて死をもたらす疾患。全てが遺伝性ではないが、アルツハイマー病が見られる家系には特徴的な遺伝子が見つかっている。

4.アミノ酸:生物体内の蛋白質の材料となる20種類の物質。

5.筋萎縮性側索硬化症(ALS):ルーゲリック病の名でも知られる、遺伝性で致命的な神経変性の疾患。

6.常染色体:性染色体以外の22対の染色体。

7.塩基対:二つの相補的な核酸分子(窒素分子を多く含む分子で、アデニン、チミン、シトシン、グアニンの4つから成る。このうちアデニンとチミン、シトシンとグアニンが対を成す。)DNAは2本の鎖から成り、お互いのアデニンとチミン、シトシンとグアニンが相補的に結合しあって、二つの鎖が絡み合い二重らせん構造という形を作っています。(図1参照)

8.BRCA1:通常細胞の増殖に関わる遺伝子。

9.BRCA1乳癌易罹患性遺伝子:変異したBRCA1で、乳癌の罹患率を高めることが知られています。

10.保因者:劣性の変異遺伝子と変異の無い遺伝子(アレル)を持っている人。通常変異の無い遺伝子が優位に働くため保因者が発病することはまれであるが、子供に変異遺伝子を引き継ぐ可能性がある。

11.保因者診断:子供に引き継ぐ可能性のある疾患発症に関わる劣性遺伝子を保持しているかどうかを確認するための遺伝子診断。保因者診断は、疾患の兆候も無く健常者であるが、家系的に高い疾患発症危険性が見られる人を対象に行われる。

12.細胞:細胞生物を構成する基本単位で、水分を多く含み、たくさんの化学物質が膜の中に詰まっている。

13.塩基:基本的な核酸の構成要素。DNAは4つの相補的に結合する塩基を持ち、アデニンはチミンと、シトシンはチミンと対を成す。RNAにおいては、チミンの代わりにウラシルが用いられる。

14.染色体:細胞の核の中に見られる構造で遺伝子が存在する。父親由来と母親由来の染色体が対を成しており、通常、人は22対の常染色体と2つの性染色体の合わせて46個の染色体を持つ。

15.クローン:一個の遺伝子から増幅された単一の遺伝子群、一つの細胞の細胞から増殖した均一な細胞群、さらには単一の生物から発生した同一の生物を指す。

16.クローニング:遺伝子的に全く同一のコピーを作製すること。

17.隣接遺伝子地図:DNAの物理的地図の一つで、DNAの隣り合った部分(これを隣接と呼ぶ)が一まとめの区域として全く同じ発現形態をとるという点に注目して作られている。(「物理的地図」の項参照)

18.大腸内視鏡検査:太さ1cmの長く柔らかいチューブ状の内視鏡により、大腸内面を観察する検査。

19.交叉:精子と卵子が作られる過程(減数分裂)で偶然に起こる現象で、組み替えとも呼ばれる。一対の染色体(母親由来と父親由来)の断裂が起こり母親由来と父親由来の染色体間での交換が起こること。

20.嚢胞性線維症:粘液の分泌異常のため、濃い粘液が分泌され肺のガス交換を阻害し、また膵管を閉鎖させる遺伝性の疾患。

21.細胞質:細胞の核の外の部分。この中に細胞小器官が浮かんでいる。

22.痴呆:精神機能の重篤な障害。

23.DNA:遺伝の本体。細胞の増殖や蛋白の合成のために必要な遺伝情報を持つ巨大分子。

24.DNA修復遺伝子:傷ついたDNAの修復過程で働く遺伝子の仲間。これが変異するとDNAの中に変異が集積してしまう。

25.DNAシークエンス:DNAのある部分の塩基対の実際の配列を決定すること。

26.優勢アレル(優性対立遺伝子):片方の対立遺伝子が優性か劣性かに関係なく、実際に発現し表現される遺伝子。常染色体優性遺伝病は片方の対立遺伝子が正常であっても、もう片方の変異した優性対立遺伝子のみで発病します。(P7図9参照。「劣性対立遺伝子」の項参照。)

27.酵素:特定の化学反応を促進させる蛋白質。

28.家族性大腸腺腫症:癌になる可能性の高い何百ものポリープが大腸や直腸にできる遺伝性の疾患。

29.家族性腫瘍:家系の中で複数の癌患者がみられたり、または、そのような可能性が高い人が複数いることがある場合の、腫瘍の総称。

30.機能的遺伝子診断:目的の蛋白質の生化学検査を行うことによって、特定の遺伝子が単に存在しているのではなく実際に機能しているかどうかを検査する方法。

31.遺伝子:DNAの機能単位であり、遺伝を司る単位。それぞれの細胞が持つ5万から10万にものぼる遺伝子は(最近の研究では、4万前後といわれている*)それぞれ特定の遺伝子産物、たとえば酵素などの設計図を持つ。

32.遺伝子欠失:1つの遺伝子の完全な欠損または欠如。

33.遺伝子発現:遺伝子に組み込まれた情報をもとに、途中の生製物である伝令RNAや細胞内で最終的に産生され機能する蛋白を発現させること。

34.マーカー遺伝子:目的遺伝子と一緒に受け継がれ、検出可能又は他のDNAと区別可能な領域で、目的遺伝子の目印となる遺伝子。

35.遺伝子地図作成:遺伝子の染色体上での相対的な位置を確定すること。

36.遺伝子診断:血液や体液または組織を用いて、生化学的、染色体の解析あるいはマーカー遺伝子の解析を用いて遺伝子疾患の有無を調べる検査のこと。

37.遺伝子治療:機能を失った遺伝子を正常な遺伝子に置き換えたり、操作をしたり、正常な機能を持つ遺伝子を補填したりする治療法。

38.遺伝子連鎖地図:遺伝子がどのくらいの頻度で一緒に受け継がれるかという視点から作製したマーカー遺伝子(特徴的な遺伝子や特異的配列を持つDNA)の染色体上での相対的な位置関係を示すDNAの地図。(P12図14「物理的地図」参照。)

39.遺伝学:どのような特性や特徴が親から子へと伝わっていくのかという、遺伝に関する学問。

40.ゲノム:ある生物の染色体上にある全ての遺伝情報の集合体。

41.ゲノム地図:染色体上にある遺伝子あるいはDNAマーカーの位置関係を示す地図。

42.遺伝子型:それぞれの個体が実際に持っている遺伝子。(実際に遺伝子によって表出されている表現型とは区別される。)

43.生殖細胞:生物個体の生殖に関わる細胞を指す。例えば卵子や精子など。

44.生殖細胞変異:(45.「遺伝性の変異」の項、及びP6図7参照)

45.遺伝性の変異:生殖細胞(卵子または精子)に存在する遺伝子の変質で、その結果、変異が全身の細胞のDNAに組み込まれる。この変異は別名、生殖細胞変異とも呼ばれる。

46.ヒトゲノム:人を創り出すのに必要な全ての遺伝子の集合体。

47.ヒトゲノムプロジェクト:ヒトゲノムの全ての塩基配列の同定・解析を目的とした国際共同研究(米・国立衛生研究所およびエネルギー省がこのプロジェクトのリーダー的役割を果たしている*)。注:2001年にヒトゲノムの全解読が一通り終わり、現在はそれを用いた解析が精力的に行われている。

48.ハンチントン舞踏病:精神的・肉体的な荒廃を呈する進行性の成人発症型疾患。優性遺伝型の遺伝性の疾患。

49.刷り込み現象:ある遺伝子で、母親または父親由来の対立遺伝子のどちらが個体中で活性化するかを決める生化学的現象。

50.先天性代謝異常:ある酵素遺伝子の変異によって起こる遺伝的疾患。

51.白血病:骨髄中に存在する造血細胞で発症する癌。

52.Li-fraumeni症候群:p53癌抑制遺伝子の変異に起因する、癌多発家系を生ずる症候群。

53:連鎖解析:多くの癌多発家系(高危険群)を対象として、疾患と一緒に遺伝する特徴を目印にして、疾患原因遺伝子の染色体上での場所を特定する遺伝子解析の方法。

54.黒色腫:メラノサイトと呼ばれる皮膚細胞から発症し、内臓転移する癌。

55.分子:ある法則に従って相互に作用しながら寄り集まる原子群。いかなる物質も分子一個がその物質の最小の物理的単位である。

56.変異:遺伝子の数、配置、配列の変化。

57.新生児診断:疾患に関する遺伝子産物の異常と欠損を検出するために行われる新生児の血液検査。

58.核酸:DNAとRNAの単位で一つの塩基にリン酸と糖が結びついて構成される。

59.核:染色体が含まれている細胞内構造物。

60.癌遺伝子:通常は細胞の増殖に関わっている遺伝子だが、過剰発現や変異が起こると癌の増殖を促す可能性がある。

61.P53遺伝子:(89.「腫瘍抑制遺伝子」の項参照)。

62.浸透率(度):遺伝的に受け継いだ変異遺伝子がどのくらいの確率で実際に疾患として発症するかという割合。

63.フェニールケトン尿症(PKU):酵素の欠損によって引き起こされる先天性代謝異常。アミノ酸のひとつであるフェニルアラニンの異常高値を示し、治療を受けなければ重篤で進行性の知能発達障害を引き起こす可能性がある疾患。

64.物理的地図:遺伝子や特異的な配列を持つDNAなどの簡単に同定できるマーカー遺伝子の位置を示すDNA地図。最も大まかな物理的地図は24ある染色体上のバンド(ある染色をしたときに、縞になって見えるもの)で表される。最も緻密な物理的地図は染色体の完全な核酸配列となる。

65.前癌状態としてのポリープ:大腸で増加するポリープで、しばしば癌になるものを指す。

66.発症前診断:ある疾患や症状を呈する可能性のある遺伝子変異を症状が出現する前に同定して発症を予想すること。

67.出生前診断:羊水・胎盤(奨膜)・臍帯から採取した胎児の細胞を用いて、出生前に生化学的な異常や染色体の異常、あるいは遺伝子変異を診断すること。

68.プローブ:特定のDNAの一本鎖の配列で、それに対応するDNAと特定的に結合する性質を持つ。通常、放射線で標識して用い、特異的に結合する遺伝子の存在を同定する目的で用いられる。

69.校正遺伝子:(24.「DNA修復遺伝子」の項参照)。

70.予防的切除術:癌の発症前に、癌になる危険性の高い組織を取り除く手術。乳癌になる可能性が高い女性が乳癌の発症前に乳房切除することは予防的乳房切除術として知られている。

71.蛋白質:アミノ酸によって構成される巨大で複雑な分子。アミノ酸の配列およびそれによって決定されるその蛋白質の機能は、元となる塩基対の並びで決まります。蛋白質は体の構成成分としてあるいはある機能を起こすときに、さらにはその機能の調整のために必要不可欠なものです。代表的な蛋白質には、ホルモン・酵素・抗体などが挙げられます。

72.蛋白産物:遺伝子情報によって構成された蛋白質。

73.劣性アレル(劣性対立遺伝子):染色体上の一対の対立遺伝子が共に劣性であった場合にのみ発現する遺伝子。常染色体劣性遺伝病では、二つの変異遺伝子を持っている場合にのみ発症します。またこのことは、発症者の両親が保因者であることを意味しています。

74.遺伝子組み替え:(19.「遺伝子の交叉」の項参照)

75.腎細胞癌:腎臓に発生する癌の一つ。

76.制限酵素:特異的な塩基配列を認識してDNAを切断する酵素。

77.網膜細胞芽腫:一対の腫瘍抑制遺伝子(RB遺伝子)の喪失によって発症する眼の癌。遺伝性である場合、出生時に既に片方の遺伝子が欠如しているため、通常は幼少時に発症する。

78.RNA:DNAによく似た化学物質。RNAにはいくつかの分類があり、蛋白質の合成やその他の細胞の働きに重要な役割を果たす。

79.肉腫:骨や筋肉に発生する癌。

80.スクリーニング:まだ疾患を発症していない人に対し、癌をはじめとする疾患の兆候があるかどうかを検査すること。

81.性染色体:生物の性を決定する染色体。女性は二つのX染色体を持ち、男性はX染色体とY染色体を一つずつ持つ。

82.鎌状赤血球貧血:致命症になりうる遺伝性の疾患で、血液中で酸素を運ぶ色素であるヘモグロビンに異常があり、赤血球が鎌状に変形・破壊され、赤血球の消失が起こり、全身性の臓器障害が引き起こされる。

83.体細胞:生殖細胞を除く人体内の全ての細胞。

84.体細胞変異:(1.「後天的変異」の項参照)

85.テイ・サックス病:重篤な精神発達遅延や早期死亡を特徴とする幼少期に起こる遺伝病。劣性遺伝病のひとつである。

86.転写:DNAの遺伝情報が伝令RNAに読み込まれる過程。伝令RNAは核から細胞質へ運ばれ、そこで特定の蛋白質を作る際の設計図の役割を果たします。

87.翻訳:伝令RNAの塩基配列の情報を、蛋白質を構成するアミノ酸のつながりに置き換える過程。この作業は細胞質の中にあるリボゾームで行われる。

88.腫瘍抑制遺伝子:通常状態では細胞の増殖を抑制している遺伝子で、この遺伝子が変異によって消失または不活性化すると細胞が無制限に増殖してしまう。

89.ウィルムス腫瘍:腎癌のひとつで、通常5歳前の児童に発生する。

90.X染色体:性染色体のひとつ。通常女性は2個のX染色体を持つ。

91.Y染色体:性染色体のひとつ。通常男性は1個のY染色体と1個のX染色体を持つ。