目次
1.遺伝子と遺伝
「遺伝子」と「遺伝」は区別して考える必要があります。
がんは、遺伝子に変化が生じることで発生します。遺伝子の変化により、正常な細胞がコントロールを失い、最終的にがん細胞となるのです。
しかし、これは「がんが遺伝する」という意味ではありません。
この遺伝子の変化は、年齢を重ねるにつれて生じた後天的な遺伝子の変化によるものだからです。
一方、生まれつき(先天的に)一部の遺伝子に変化を持つことが原因で、「がん」を発症しやすい体質の方がおられます。このような体質を「遺伝性腫瘍症候群」とよび、このような体質は遺伝する(親から子へ伝わる)可能性があります。

2-1.遺伝性腫瘍症候群について
遺伝性腫瘍症候群とは
遺伝性腫瘍症候群とは特定のがんを発症しやすい体質のことであり、「がん」ではありません。遺伝性腫瘍症候群には、がんを発症した方も、未発症の方も含まれます。
がんを発症した方の5-10%は遺伝性腫瘍症候群であるといわれており、決して珍しい体質ではありません。
遺伝性腫瘍症候群の原因
遺伝性腫瘍症候群の原因は、生まれつきの遺伝子の変化です。
遺伝子は私たちの体を作るための「設計図」のようなもので、ヒトは約22,000種の遺伝子を持つと言われています。これらの遺伝子のうち、がんの発生に関与する遺伝子に生まれつき「病的バリアント※」とよばれる遺伝子の変化を持つ状態を「遺伝性腫瘍症候群」と言います。
- 病的バリアントとは?
- 遺伝子に生じた変化をバリアントとよび、そのうち、病気(がん)の発症しやすさと関連が明らかなバリアントを「病的バリアント」と言います。
遺伝性腫瘍症候群の特徴
遺伝性腫瘍症候群の方は、特定の臓器にがんを発症しやすい傾向があります。
なお、どの遺伝子に病的バリアントを持っているかによって、どのようながんを発症しやすいか、また発症しやすさは異なります。(表1.参照)
比較的若い年齢でがんを発症する、ひとりの方が複数のがんを発症する、2つある臓器(例:乳房)の両方にがんを発症する、特定のがんを発症した血縁者が複数いる、などの特徴もありますが、すべての遺伝性腫瘍症候群の方が、このような特徴を持つわけではありません。
遺伝性腫瘍症候群の方であっても、生涯、がんを発症せずに過ごす方もおられます。
表1.遺伝性腫瘍症候群の一例
症候群 |
原因遺伝子 |
発症しやすいがん |
---|---|---|
遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC) |
BRCA1,BRCA2 |
乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵がんなど |
リンチ症候群 |
MLH1・MSH2 MSH6・PMS2 EPCAM |
大腸がん、子宮内膜がん、胃がん、卵巣がん、尿路系がん、膵がんなど |
家族性大腸腺腫症(FAP) |
APC |
大腸がん、十二指腸乳頭がん、デスモイド腫瘍など |
リー・フラウメニ症候群 |
TP53 |
骨肉種、乳がん、脳腫瘍など |
カウデン症候群/PTEN過誤腫症候群 |
PTEN |
乳がん、甲状腺がん、子宮体がん、大腸がん、腎細胞がんなど |
神経線維腫症Ⅰ型 |
NF1 |
神経線維腫、乳がんなど |
他にも、多くの遺伝性腫瘍症候群があります。
なお遺伝性腫瘍症候群の方が、必ずしもこれらのがんを発症するわけではありません。
遺伝性腫瘍症候群の遺伝
遺伝性腫瘍症候群の原因である「生まれつきの遺伝子の変化」は親から子へ遺伝する可能性があります。つまり、遺伝性腫瘍症候群という体質は遺伝する可能性があるため、血縁者の方への対応も考えていきます。
2-2.遺伝性腫瘍症候群かどうか調べるには
- 遺伝性腫瘍症候群かどうか確定診断するには、遺伝学的検査(おもに血液検査)が必要です。
- 遺伝学的検査とは、遺伝子に生まれつき病的バリアントを持っているかどうかを調べることです。
- なお生まれつきの病的バリアントの有無は生涯変わることはないため、何度も検査を行う必要はありません。
- 病的バリアントを持つことが分かっても、何歳のときにどのようながんを発症するのか、という予測はできません。
- 遺伝学的検査を受けるか、受けないか。またどのような検査を選択するのか、遺伝カウンセリングの場で相談しながら、考えていきます。
遺伝学的検査の種類
シングルサイト検査
通常、血液で検査する検査です。血縁者に病的バリアントが同定されている方がいる場合、同じ病的バリアントを持っているかどうかを調べます。
検査の結果が出るまでにおよそ4週間かかります。
単一遺伝子解析
通常、血液で検査する検査です。一つの遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子を調べます。条件に該当すれば保険適用で実施可能です。
検査の結果が出るまでにおよそ4週間かかります。
多遺伝子パネル検査
通常、血液で検査する検査です。複数の遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子を調べます。
検査の結果が出るまでにおよそ4週間かかります。
2-3.遺伝性腫瘍症候群と分かった場合
がんへの対策
遺伝性腫瘍症候群の方は、体質に特化した対策(一般のがん検診よりも若いときから頻回の検診、もしくはリスク低減手術など)をとることで、早期発見やがん予防を目指すことが勧められます。
血縁者への対策
遺伝性腫瘍症候群と分かった方の血縁の方は、同じ体質(同じ病的バリアントを持つ)の可能性があります。
あらかじめ体質を知ることで早めに対策をとる、つまり遺伝情報を活かした健康管理につなげるため、血縁の方の遺伝カウンセリングも対応しています。
血縁の方が遠方にお住まいで当院に受診できない場合、お住まいの土地で遺伝カウンセリングが可能な医療機関をご案内することもできます。