遺伝性がん・家族性腫瘍とは

(1)遺伝子と遺伝

最近の研究によってがんは遺伝子の変異によっておこってくる病気であることがわかってきました。つまりがんは遺伝子病であると言えます。

しかし、大部分のがんは親から子に遺伝しません。それは大部分のがんが年齢を重ねるにつれて遺伝子(DNA)が傷つくという、後天的な遺伝子の変化によるものだからです。生まれながらにして(先天的に)遺伝子に変異があり、これが親から遺伝したものである場合に限り、遺伝病と言えます。「遺伝子」と「遺伝」は区別して考える必要があります。(図)

(2)家族性腫瘍・遺伝性がん

ある家系にがんの異常集積がみられる場合、原因にかかわらず、集積した腫瘍を家族性腫瘍(familial tumor)と称します。一般に家族集積を認める悪性腫瘍は5から10%存在するとされています。

それには遺伝・環境・偶発の要因があり、若年性腫瘍の大部分を占めます。家族性腫瘍における環境の要因とは、食生活などの生活環境を共にしていることをさします。遺伝の要因が強い場合、遺伝性腫瘍(遺伝性がん)と呼ばれることもあります。(図)

また、遺伝の関与の程度でがんを分類したKnudsonの分類があります。家族性腫瘍とはOncodeme3とOncodeme4に関連する疾患をさしますが、多くはOncodeme4をさします。Oncodeme3にはがん源物質の代謝を支配する遺伝子の多型(polymorphism)などが含まれますが、遺伝子変化は明確でなくその解明には時間がかかると思われます。

Knudson分類
環境要因
遺伝要因
同義語
Oncodeme 1
平均的
平均的
偶発がん
Oncodeme 2
著明に増加
平均的
環境性がん
Oncodeme 3
やや増加
やや増加
多遺伝子性がん
Oncodeme 4
平均的
著明に増加
単一遺伝子性がん

家族性腫瘍に対する遺伝子診断の分類(J Clin Oncol 14:1730-6;1996)

Group 1

  • 責任遺伝子が明確に同定されており、検査の結果によって医療方針を決めることができるような疾患。
  • 家族性大腸腺腫症—APC
  • 多発性内分泌腫瘍症MEN2—RET
  • 網膜芽細胞腫—RB1
  • von Hippel-Lindou病—VHLなど

Group 2

  • 責任遺伝子と特定のがんへの易罹患性との関連がかなりの程度明らかになっているが、研究的側面を残す。
  • 遺伝性非ポリポージス性大腸がん—MSH2, MLH1, PMS1, PMS2など
  • 遺伝性乳がん卵巣がん—BRCA1, BRCA2
  • Li-Fraumeni症候群—p53など

Group 3

  • 疾患と突然変異との関係が明らかでない場合、あるいは責任遺伝子との関係がごくわずかな家族でしか分かっていない。
  • 末梢血管拡張性運動失調症—ATM
  • 家族性黒色腫—p16など

(3)がんが発生するメカニズム

(A)2ヒット説

小児がんの研究者、Knudsonが唱えた説です。元来、遺伝子は2本が対になっており、通常は一方の遺伝子が変異しても、もう一方の遺伝子が正常であるため、みかけの変化は起きません。「2ヒット説」といって、残ったもう一方の遺伝子にも変異が起きる と初めてがん化に向けての変化が始まります。

加齢とともにがんができる場合、もともと正常な体細胞の遺伝子に変異が起き(体細胞変異somatic mutation)、しかも2本の遺伝子に変異が起きる必要がありますから、おのずと高齢で発症します。

しかし、生まれながらにして一方の遺伝子が変異している場合生殖細胞変異(germline mutation)、「1ヒット」しただけでこういった変化が起きるため、若年で発がんするのです。しかし、遺伝性がんの確定診断がついた患者さんの両親ともに遺伝子変異がない場合もありえます。これは親の生殖遺伝子(精子や卵)に突然変異が起こり、子にはじめて遺伝子変異が起きたものと考えられます(新生突然変異)。

(B)多段階発がん説

大腸がんの研究者、Vogelsteinが唱えた説です。多くのがんには複数の遺伝子異常が関わっており、これら複数の遺伝子が多段階で変異し、遺伝子異常が蓄積して発がんに至ると 考えられています。これは高齢で非遺伝性に発生するがんを説明する際に有用です。