去勢抵抗性(ホルモン抵抗性) 前立腺がんの治療について

去勢抵抗性(ホルモン抵抗性)前立腺がんの治療について

前立腺がんは精巣や副腎で作られた男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて増殖します。この男性ホルモンの産生を押さえたり、前立腺内への取り込みを押さえたりすることでがんを治療していくことが前立腺がんに対するホルモン治療で、これまであなたになされてきた治療です。しかし、前立腺がんに対するホルモン治療は永久的に効果が持続するわけではありません。初回のホルモン治療の平均的な効果持続期間は3年と言われています。効果が無くなると、男性ホルモンが低く抑えられているにもかかわらず、前立腺がんは増殖します。この様な状態になった前立腺がんを「去勢抵抗性前立腺がん」と呼びます。

去勢抵抗性前立腺がんの治療には、
内服薬:イクスタンジ、ザイティガ
注射:ドセタキセル、ジェブタナ
骨転移治療薬:ゾーフィゴ

があります。

去勢抵抗性前立腺がんに対して最も早く有効性が示された薬剤は、ドセタキセルです。この抗がん剤を使用することで約50%にPSAの低下や痛みの減少などの効果が認められています。下のグラフが海外で行われた大規模臨床試験の結果です。黄色い線がドセタキセルを3週毎に10コースまで行った生存曲線です。この試験によると生存期間の中央値はドセタキセル群で19.2ヶ月、対照群(灰色の線)の16.3ヶ月と比べ有意に延長しています。これはあくまで平均値の比較ですのでもっと効果がある場合もありますし、逆の場合も十分あり得ます。

この治療をするに当たって非常に重要なことがあります。つまり、去勢抵抗性前立腺がんを治すことは現在の医療では不可能と言うことです。ですから、この治療の目的は進行してきた前立腺がんを少しでも抑えることにあります。すでに前立腺がんによる症状(痛みなど)がある場合には症状の緩和が得られ、QOL(生活の質)が改善することが期待されます。しかし、症状のない場合(たとえばPSAの上昇のみ)には、後述する副作用のみ出現してかえってQOLの低下を招く場合があります。

2014年に、ドセタキセル以外の治療薬が登場し、使用できるようになりました。内服薬では、イクスタンジとザイティガ、注射薬ではジェブタナです。内服薬はドセタキセルによる治療を行っていない方にも使用できます。ジェブタナはドセタキセルによる治療を行った方のみにしか使用できません。これら3つの薬剤の効果を表に示します。

ドセタキセル治療後

 
ザイティガ
イクスタンジ
ジェブタナ
生存期間の中央値
15.8ヶ月
18.4ヶ月
15.1ヶ月
対象と比較した場合の
生存期間の延長
4.6ヶ月
4.8ヶ月
2.4ヶ月
PSA再発までの期間の中央値
10.2ヶ月
8.3ヶ月
6.4ヶ月
PSAに対する有効率
(PSA50%以上低下)
29.0%
54.0%
39.2%
日本人でのデータ
PSAに対する有効率
28.3%
28.9%
29.3%
PSA再発までの期間の中央値
3.6ヶ月
4.1ヶ月
3.7ヶ月

ドセタキセル治療前

 
ザイティガ
イクスタンジ
生存期間の中央値
35.3ヶ月
32.4ヶ月
対象と比較した場合の生存期間の延長
5.2ヶ月
2.2ヶ月
画像での再発までの期間の中央値
16.5ヶ月
未達
PSAに対する有効率
(PSA50%以上低下)
61.5%
78.0%
化学療法開始までの期間
25.2ヶ月
28.0ヶ月

上記の表は、各薬剤の臨床試験での結果です。そのため、これらの薬剤を直接比較したデータはありません。どの薬剤の効果が一番良いのか、どの順番で使用すべきなのか、などは不明です。実際には、患者さんの状態や前立腺がんの状況により使用する薬剤を決めることになります。最近の報告では、薬剤の間に交差耐性(1種類の薬剤に対して耐性を獲得すると同時に別の種類の薬剤に対する耐性も獲得すること)があることがわかっており、2回目以降に使用する薬剤は効果が弱くなります。

ゾーフィゴは骨転移がある患者さんが投与対象となります。ゾーフィゴは放射性医薬品で、アルファ線と呼ばれる放射線を用いて骨に転移したがん細胞に対して治療効果を発揮する医薬品です。アルファ線は体内では0.1mm未満の範囲にしか影響を及ぼさないため、ご家族などへの影響はほとんどありません。臨床試験では、生存期間の中央値は14.9カ月(対照は11.3カ月)、症候性骨関連事象(症状緩和のため放射線治療を行う、病的骨折の発現、脊髄圧迫の発現、骨転移に対する整形外科的処置を行う)を38%減少させ、その発現までの期間は15.6カ月(対照は8.1カ月)と有効性が示されています。

もし、これらの治療を受けなかったらどうなるでしょうか。現在症状が全くなく、進行の遅い前立腺がんであれば何らかの症状が出るまでに数年間かかる場合があるかもしれません。逆に進行が早ければ数ヶ月後には何らかの症状が出現してくる場合もあると思われます。現在症状がある人はさらに悪化します。痛みなど多くの症状は現在の緩和医療でほとんど取り除くことができると思われますが、血尿などコントロールしにくい症状を認めることがあります。ただ、症状を緩和する治療は日々進歩しており、つらい症状を抱えたまま日々生活することはまずありません。

治療期間

ドセタキセル、ジェブタナの治療は3-4週ごとに繰り返して行います。ゾーフィゴの治療は4週間ごとに最大6回まで行います。内服薬での治療は毎日薬を飲んでいただきます。

治療内容

ドセタキセルによる治療は「プレドニン」という副腎皮質ステロイド(内服)との併用で行います。3週間を1コースとし、第1日目にドセタキセルの点滴(約90分)を行います。2日目以降点滴はありません。プレドニンは治療開始後毎日内服します。初めの1コースは合併症の出現・程度を確認する為に入院にて行いますが、2コース目以降の治療は外来で可能です(通院治療室)。治療は通常3週毎に繰り返して行いますが、副作用などで4週毎になる場合もあります。

ジェブダナは3週間ごとの点滴治療です。ジェブダナの投与時間は1時間ですが、投与30分前までに副作用予防の内服薬や点滴があります。また、治療中はプレドニンの内服を継続します。点滴は1日だけで2日目から点滴はありません。初めの1コースは合併症の出現・程度を確認するために入院にて行いますが、2コース目以降の治療は外来で治療可能です(通院治療室で行います)。治療は通常3週毎に繰り返して行いますが、副作用などで4週毎になる場合もあります。

クスタンジは1回160mg(2錠あるいは4カプセル)を連日服用します。
ザイティガは1回4カプセルを連日空腹時に内服します。ザイティガの場合はプレドニンという副腎皮質ステロイド(内服)も併用します。
ゾーフィゴは4週間ごとに最大6回まで、約1分間かけて静脈内投与を行います。放射性医薬品ですので骨シンチ検査室で注射を行いますが、注射後の隔離など制限はありませんし、他人に影響を及ぼすこともありません。ただし、注射後1週間くらいは、血液や尿・便などに放射性物質が残る可能性がありますので、排尿後はトイレの水を2回程度流す、血液に触れた場合は石鹸で良く洗うなど注意が必要です。また、他の抗がん剤(ドセタキセル、ジェブタナ、イクスタンジ、ザイティガ)との併用は現在の所推奨されていません。

これら5薬剤の治療中、これまで行ってきたホルモン治療(ゾラデックス、リュープリン、ゴナックス)は継続します。また、骨病変の治療としてゾメタやランマークを開始していればこれらの治療も継続します。

内服薬や点滴の治療は、

  1. 1.合併症により治療継続が困難となった場合
  2.  
  3. 2.治療にもかかわらず、病状が悪化してきた場合

に中止となります。ドセタキセルやジェブタナ初回治療で入院中は合併症(主に骨髄抑制)の確認の為に頻回に採血が必要になりことがあります。時に連日の採血となる場合もあります。イクスタンジとザイティガは外来治療ですので原則2週ごとの採血になります。ゾーフィゴも外来治療ですが、初めは2週程度に採血し安全性を確認後、4週ごと採血に変更になる可能性があります。

費用

 
イクスタンジ
ザイティガ
ジェブタナ
ゾーフィゴ
薬剤のみ(1ヶ月分)
約38万円
約44万円
約59万円
約68万円

ジェブタナは点滴治療を1回受けた場合で計算しています。

薬剤費は健康保険の適応となります。患者さんの負担割合に応じてこれら薬剤費の1~3割を負担していただきます(実際には薬剤費以外にも検査料、診察料、入院費用等も必要になります)。また、自己負担限度額を超えた場合には高額療養費制度が適応されます。詳細につきましては当院2階にあるがん相談支援センターや、それぞれの健康保険の窓口等にお問い合わせください。

合併症

ドセタキセルによるもの

1.骨髄抑制:非常に重要で、高頻度に起こります。
骨髄抑制の中で白血球減少が80%以上に出現します。白血球減少が確認されると白血球を増やす注射を使用しますが、この時期の感染症は致命的で注意が必要です。また、感染症がなくても発熱する場合があり、点滴による治療が必要になります。また、貧血や血小板減少が重度な場合には輸血が必要になります。
2.食欲不振(約60%)、脱毛(約60%)、全身倦怠感(約50%)
3.肝・腎機能障害(5-50%)
4.末梢神経障害(手足のしびれ)5-50%と報告されていますが、投与回数が増えるにつれて悪化することが多いです。
5.液体貯留(手足のむくみ、胸水など):5-50%と報告され、軽度のものから歩行困難をきたすほど重度のものまであります。投与回数とともに悪化することがあります。
6.消化管出血:5%未満と報告されていますが、プレドニン内服により発症しやすくなります。みぞおちの痛み、黒色便などありましたら医師にお伝えください。
7.間質性肺炎(約5%):薬剤性の肺炎が起きる可能性があります。重症の場合には致死的な合併症になる恐れがあります。息苦しさなどありましたら医師にお伝えください。また、肺炎チェックのために抗がん剤投与前には胸部レントゲン写真を撮ります。
8.手足の皮膚や爪の変化(5%未満)、アレルギー反応(5%未満)
9.糖尿病:プレドニンにより悪化する場合があります。
10.治療関連死:肺炎などの感染症や予期せぬ合併症により、1.3%報告されています。
11.その他(1%未満):心不全や腎不全などの重篤な合併症の報告もあります。

イクスタンジによるもの

1.高血圧(14.9%)
2.便秘(14.9%)
3.疲労(12.8%)、食欲不振(12.8%)、体重減少(10.6%)、心電図異常(10.6%)
4.けいれん発作(0.2%):頻度は非常に少ないのですが、注意が必要です。
5.その他、海外では筋・骨痛、頭痛などの報告があります。

ザイティガによるもの

1.肝機能障害(13%程度)、重篤な障害も報告されており、注意が必要です。
2.低カリウム血症(8.4%)、高脂血症(7.4%)、高血圧(4.2%)
3.疲労(24.6%)、ほてり(15.2%)
4.悪心(13.4%)、嘔吐(6.9%)、便秘・下痢(約8%)
5.末梢性浮腫(12.0%)
6.頻度は非常に少ないのですが重大なものに、心不全などの心障害が報告されています。

ジェブタナによるもの

1.骨髄抑制:非常に重要で、高頻度に起こります。
骨髄抑制の中で白血球減少が100%に出現します。白血球減少が確認されると白血球を増やす注射を使用しますが、この時期の感染症は致命的で注意が必要です。また、感染症がなくても発熱する場合があり、点滴による治療が必要になります(発熱性好中球減少;54.5%)。また、貧血(29.5%)や血小板減少(4.5%)が重度な場合には輸血が必要になります。
2.疲労(54.5%)、悪心(47.7)、下痢(45.5%)、食欲不振(36.4%)、この中で重篤なものは、疲労:6.8%、悪心:6.8%。下痢:4.5%、食欲不振:4.5%でした。
3.肝・腎機能障害(38.6-93.2%)、重篤な腎機能障害は4.5%、1.0%で腎不全の報告があります。
4.末梢神経障害(手足のしびれ)22.7%と報告されていますが、重篤なものは報告されていません。軽度の味覚異常が27.3%に認められています。
5.浮腫(手足のむくみ)13.6%と報告されていますが、重篤なものはありません。
6.消化管出血(1.0%)プレドニン内服により発症しやすくなります。みぞおちの痛み、黒色便などありましたら医師にお伝えください。頻度は非常に少ないですが、消化管穿孔(穴が明くこと)や腸閉塞などの報告もあります。
7.感染症(16.1%)、敗血症や肺炎などの感染症が起こることがあります。重症の場合には致死的な合併症になる恐れがあります。息苦しさなどありましたら医師にお伝えください。また、肺炎チェックのために抗がん剤投与前には適宜胸部レントゲン写真を撮ります。
8.不整脈(1.0%)点滴中は十分注意して行っていますが、異常があればすぐにお伝え下さい。
9.その他頻度は少ない(1%未満)が重篤なもの:アナフィラキシーショック、肝不全、急性膵炎、間質性肺炎、などの報告があります。

ゾーフィゴによるもの

1.骨髄抑制(32.7%):貧血30.6%、血小板減少12.2%、白血球減少8.2%ですが、重篤なものは貧血12.2%、血小板減少2%、白血球減少0%でした。
2.下痢(10.2%)、悪心(10.2%)ですが、重篤例の国内報告はありません。 その他海外の臨床試験の報告では、骨痛(15.8%)、疲労(12.2%)が挙げられていますが、重篤例は骨痛3.2%、疲労1.8%でした。

採血などにより、異常の早期発見に努めますが、何かあればすぐにお知らせください。患者さんからの情報が合併症の早期発見のために重要です。早期発見できれば適切な対応策がとれ、重症化せずにすみます。